この記事の要約
- 地上の対立をよそに、宇宙では米露の飛行士が指揮権を交代
- 「平和の象徴」の裏で進む、各国の独自路線とブロック化
- 2030年のISS退役を見据え、宇宙開発は新たな競争フェーズへ
地上の地政学的緊張がかつてないほど高まる中、高度400kmの宇宙空間では静かな、しかし象徴的な儀式が行われました。国際宇宙ステーション(ISS)の指揮権が、NASAからロシアのロスコスモスへと移譲されたのです。一見、変わらぬ国際協調の姿に見えますが、この「握手」は、一つの時代の終わりと、熾烈な宇宙覇権競争の始まりを告げる合図かもしれません。なぜ米露は手を結びながら、別々の方向を見ているのでしょうか。
地上と宇宙のねじれた関係

地上では対立してるのに、宇宙では仲良しなんですか?
不思議だよね。でもこれは「現場の信頼」と「政治」の違いさ。
現場の信頼? 宇宙飛行士同士は仲が良いってこと?
そう。命を預け合う仲間だからね。ただ、今回はそれだけじゃない。
どういうことですか? 裏があるの?
ISSは米露どちらかが欠けると維持できない。だから「演じる」必要があるんだ。
2026年1月12日、ISSにて行われた指揮権移譲式は、宇宙空間における「平和の聖域」としての機能をアピールするものでした。しかし、その実態は相互依存による現状維持に過ぎません。
- 指揮権の移譲: NASAのM.フィンク飛行士から、RoscosmosのS.クド=スベルチコフ飛行士へ、ISSの「鍵」が渡された。
- 運用の現実: ISSの軌道制御はロシアの推進系、電力は米国の太陽電池に依存しており、即座な分離は技術的に不可能。
- 政治的背景: 地上の対立(ウクライナ情勢等)にもかかわらず、ISSプログラムは例外的に維持されている。
ニュースを解読する5つのキーワード

| 用語 | 解説 |
|---|---|
| ISS(国際宇宙ステーション) | 地球周回軌道にある有人実験施設。 米露日欧加が共同運用する。 |
| アルテミス計画 | 米国主導の有人月面探査計画。 日本も参加し基地建設を目指す。 |
| ロスコスモス | ロシアの国営宇宙企業。 同国の宇宙開発全般を管轄する組織。 |
| ROS(ロシア軌道ステーション) | ロシアが計画中の独自ステーション。 ISS撤退後の拠点となる予定だ。 |
| 宇宙条約 | 宇宙空間の利用原則を定めた条約。 領有権の主張や核兵器を禁止する。 |
Ads by Google
冷戦後の蜜月と深まる亀裂

もともとISSは、冷戦後の「米露融和」の象徴だったんだよ。
昔は敵同士だったけど、手を取り合ったんですね。
そう。ロシアの技術とアメリカの資金を組み合わせたんだ。
最強のタッグじゃないですか。何が変わっちゃったんですか?
地上の対立が宇宙に持ち込まれた。あと、お互いの「次」が見えたからだね。
次? 月とか、別のステーションとか?
正解。もう「同居」を続けるメリットが薄れてきたんだ。
1998年の建設開始以来、ISSは科学技術外交の金字塔でした。特に2011年の米スペースシャトル引退後は、米国がロシアのソユーズ宇宙船に移動手段を依存することで、強固なパートナーシップが維持されてきました。
しかし、近年の地政学的対立により状況は一変しました。米国は民間企業(SpaceX等)の台頭で自律性を回復し、ロシアは制裁による孤立化で中国への接近を強めています。かつての「蜜月」は、互いに代替手段を持たなかった時代の産物であり、技術的自立が進んだ今、その必然性は失われつつあるのです。
握手の裏にある「別れ」の準備

じゃあ、今回の指揮権移譲は「最後の儀式」になるかも?
その可能性は高いね。これが多国間協調のピークかもしれない。
寂しいですね。でも、NASAは月に行くからいいのかな。
NASAはアルテミス計画に全振りだ。ISSは「お荷物」になりつつある。
ロシアはどうするんですか? 一人でやっていけるの?
独自のROSを作る計画だけど、資金難で中国頼みになるかもね。
このニュースの核心は、表向きの友好演出とは裏腹に、水面下で進む「デカップリング(切り離し)」の準備にあります。
NASAにとってISSは、もはや最先端のフロンティアではありません。関心は月軌道のゲートウェイや月面基地に移っており、老朽化したISSの維持費は重荷になっています。一方、ロシアもISSの老朽化を理由に、独自のステーション建設や中国との月面協力へ軸足を移しています。今回の握手は、互いに次のステップへ進むための、「円満な離婚」に向けた時間稼ぎという側面が強いのです。
誰が得をし、誰が損をするのか

視点を変えてみよう。この状況、誰にとってチャンスだと思う?
うーん、やっぱり民間の宇宙企業かな? SpaceXとか。
鋭いね。国がバラバラになれば、つなぎ役が必要になる。
逆に損するのは誰ですか? 科学者?
そうだね。データ共有ができなくなると、研究が遅れるからね。
安全保障の面ではどうですか? 宇宙で戦争とか…?
それが一番怖い。宇宙が「監視の目」から「戦場」に変わるリスクだ。
この問題を多角的に見ると、単純な対立構造以上のものが見えてきます。
- ビジネス(民間企業)の視点: 国家間の枠組みが緩むことは、SpaceXやBlue Originのような民間企業にとって好機です。ISS後の商用ステーション建設や、物資輸送の契約獲得に向けた競争が加速します。
- 科学・アカデミアの視点: 最も懸念しているのが科学者たちです。気象観測や医学データなど、国境を越えたデータ共有が制限されれば、人類全体の知見の蓄積が停滞する恐れがあります。
- 地政学・安全保障の視点: 宇宙空間のブロック化は、軍事的な緊張を高めます。互いの衛星を攻撃・妨害する能力(ASAT)の開発や、重要インフラとしての宇宙資産の囲い込みが進み、「宇宙の治安悪化」が懸念されます。
2030年、宇宙地図はどう変わる?

ISSは2030年になくなっちゃうんですよね。その後はどうなるの?
宇宙がいくつかの「陣営」に分かれるだろうね。
アメリカ陣営と、ロシア・中国陣営みたいな?
そう。西側の「アルテミス」と、中露の「ILRS」の対立構造だ。
また冷戦みたい…。日本はどうすればいいんですか?
難しい舵取りが必要だね。アメリカと協調しつつ、独自性も保つ。
平和な宇宙旅行なんて、まだまだ夢の話なのかなあ。
2030年のISS退役後、地球低軌道は商用ステーションが乱立する市場となり、月面は国家威信をかけた開発競争の最前線となるでしょう。
短期的には、ISSの運用は維持されますが、部品交換やクルーのローテーションにおける米露の協力は徐々に縮小していくと予想されます。長期的には、宇宙条約の枠組みを超えた資源開発や領有権の主張が活発化し、既存の国際法が通用しない「無法地帯(ワイルド・ウェスト)」化するリスクがあります。私たちは、宇宙が「人類共通の資産」であり続けられるかどうかの岐路に立っているのです。
新たな「宇宙の鉄のカーテン」

ISSでの指揮権移譲は、一見すると平和的なルーチンワークに見えますが、その背景には「協調から競争へ」という大きなパラダイムシフトが隠されています。NASAは月へ、ロシアは独自路線へと向かい、かつて一本化されていた宇宙開発の道は、再び分岐しようとしています。
この「最後の握手」が意味するのは、過去への決別と、新たなパワーゲームの幕開けです。宇宙空間に引かれつつある見えない国境線。私たちはその境界線が、壁になるのか、それとも新たな橋になるのかを、冷静に見守る必要があります。