この記事の要約
- 財政難のバングラデシュが他予算を削る中、原発予算は満額維持。
- ロシア支援のRooppur原発は年内稼働へ向け「聖域」化。
- エネルギー自立の夢と、深まるロシア依存のジレンマを追う。
国家の財布の紐が固く締められるとき、何が「削られ」何が「守られる」のかを見ることで、その国の真の優先順位が透けて見えます。2026年初頭、深刻な財政難にあえぐバングラデシュで起きたのは、まさにそのような象徴的な出来事でした。
他のインフラ整備予算が次々と削減される中で、唯一「聖域」として守り抜かれたのが、ロシアの支援による原子力発電所プロジェクトです。なぜバングラデシュは、リスクを抱えてまでこの計画を死守するのか。そこには、エネルギー危機からの脱却と、複雑な国際政治の力学が絡み合っています。
緊縮財政下でも削られなかった「1200億円」

バングラデシュってお金がないから、いろんな工事を中断してるんですよね?
そうだね。でもRooppur(ループール)原発だけは別格扱いなんだ。
どうして原発だけ特別なんですか? 1200億円って大金ですよね。
もう後戻りできない段階だし、国の命運を握っているからさ。
バングラデシュ政府が決定した予算配分の事実は、同国の置かれた切迫した状況を如実に物語っています。
- 予算の聖域化:他の開発予算が大幅にカットされる中、Rooppur原発プロジェクトには要求通りの1,050億タカ(約1,200億円)が配分されました。
- 稼働へのタイムリミット:第1号機の商業運転開始を年内に控えており、今資金を止めることは計画全体の破綻を意味します。
- インフラ予算の明暗:道路や橋梁などの他のインフラ事業は、外貨準備高の不足や歳入減を理由に、予算削減や工期延期の対象となっています。
ニュースを読み解くための基礎用語

| 用語 | 解説 |
|---|---|
| Rooppur(ループール)原子力発電所 | バングラデシュ初の原発。 総出力2400MWで電力需要を支える。 ロシアの技術と資金援助で建設が進む国家プロジェクト。 |
| ロスアトム (Rosatom) | ロシアの国営原子力企業。 世界最大級の原発輸出企業である。 建設から燃料供給、廃棄物処理までを一括で請け負う。 |
| ADP (Annual Development Programme) | バングラデシュ政府の年間開発計画。 インフラ投資の指針となる。 財政状況に応じて、この予算の増減が経済に直結する。 |
| ベースロード電源 | 季節や天候に関係なく、安定して発電し続ける電力源のこと。 原子力や石炭火力が該当し、産業発展の基礎となる。 |
| サンクコスト(埋没費用) | すでに投下され、回収不可能な費用のこと。 「もったいない」という心理が、撤退の判断を鈍らせる原因になる。 |
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エネルギー飢餓とロシア接近の歴史的背景

そもそも、どうしてロシアに頼ることになったんですか?
歴史的な絆と、好条件の融資が決め手だったんだよ。
歴史的な絆? バングラデシュとロシアにそんな関係が?
独立戦争の時にソ連が支援してくれた恩義があるんだ。
バングラデシュが原発建設に踏み切った背景には、慢性的な電力不足という切実な事情があります。急速な経済成長に対し、国内の天然ガス資源だけでは需要を賄いきれなくなっていました。停電が頻発すれば、主力の縫製産業が打撃を受け、経済全体が失速してしまいます。
そこで白羽の矢が立ったのが原子力でした。しかし、初期投資が巨額になる原発建設は、途上国単独では不可能です。ここで手を差し伸べたのがロシアでした。ロシアは建設費の約90%を融資するという破格の条件を提示し、バングラデシュはこれを受け入れました。これは単なるエネルギー契約ではなく、長年の友好関係に基づく地政学的な同盟強化の一環でもあったのです。
「聖域化」が示す国家の生存本能

もし君が首相なら、借金まみれでもこの工事を続けるかい?
うーん、でも止めちゃったら、今までの投資が全部無駄になりますよね。
その通り。それに、もうすぐ電気が手に入る目前だからね。
つまり、苦しくてもゴールテープを切るしかないんですね。
今回の予算維持決定における最重要ポイントは、バングラデシュ政府が原発を「不可侵の資産」と位置付けた点にあります。これには大きく2つの理由があります。
第一に、サンクコストと完成間近という現実です。すでに工事は最終段階にあり、ここで予算を削って完成が遅れれば、借金の返済開始時期だけが迫り、発電による収益が得られないという最悪の事態になります。政府としては、何を犠牲にしても「完成させて稼働させる」ことが、経済合理性の上でも唯一の解なのです。
第二に、エネルギー安全保障の確保です。世界的なエネルギー価格の変動に左右されやすいLNG(液化天然ガス)や石油への依存を減らすため、燃料コストが比較的安定している原子力は、国家の悲願でした。このプロジェクトは、単なる発電所建設を超えた、国家の自立のための基盤作りなのです。
依存か自立か:割れる評価と視点

でも、ロシアに借金して、技術もロシア頼みって怖くないですか?
鋭いね。そこが専門家の間でも意見が分かれるところなんだ。
やっぱり。反対する人もいるってことですよね?
経済的には「重荷」だという声もあれば、「必要経費」だという声もあるよ。
このプロジェクトをどう評価するかは、どの視点に立つかによって大きく異なります。
【経済・コストの視点】
批判的なエコノミストは、巨額の債務返済が将来の財政を圧迫すると警告しています。特に通貨タカの下落が続けば、外貨建ての返済負担は雪だるま式に増えます。一方で、産業界からは、安定した電力が供給されれば工場の稼働率が上がり、長期的には経済成長で元が取れるという期待もあります。
【地政学・安全保障の視点】
国際政治のアナリストは、ロシアへの過度な依存を懸念します。ウクライナ侵攻以降、ロシアに対する制裁が続く中で、部品供給や技術サポートが滞るリスクがあるからです。しかし、政府の立場からすれば、欧米だけでなく、中国やインド、そしてロシアと等距離で付き合う全方位外交の一環として、ロシアとのパイプを維持することは戦略的な意味を持ちます。
【市民・生活者の視点】
一般市民にとっては、夏の酷暑の中での計画停電がなくなるかどうかが最大の関心事です。原発の安全性に対する不安も一部にはありますが、それ以上に「電気が来て生活が豊かになる」ことへの期待が上回っているのが現状です。彼らにとって原発は、貧困からの脱出を象徴する希望の光でもあるのです。
稼働後に待ち受ける「返済」という現実

さて、今年中に原発が動いたとして、それでハッピーエンドかな?
えっと、さっき言ってた借金の返済が始まりますよね。
そうだね。それに、作った電気を運ぶ「送電網」も必要だよ。
あ! 原発だけできても、電線がないと意味ないですね。
今後の展望として、バングラデシュは「完成の喜び」と同時に「支払いの痛み」に直面することになります。原発が稼働すれば、理論上は国内電力の約10〜15%を賄えるようになり、エネルギー事情は劇的に改善するでしょう。しかし、それと同時にロシアへのローン返済が本格化します。
また、懸念されているのが送電インフラの整備遅れです。巨大な電力を受け止めて分配するための送電網の整備が、原発の完成に追いついていない可能性が指摘されています。せっかく発電しても、それを消費地に届けられなければ宝の持ち腐れです。今後は、発電所の「中」だけでなく、「外」のインフラ整備と、それを支える返済原資の確保が、政権の重い課題となっていくでしょう。
国家百年の計と短期的な痛みの間で

バングラデシュが他の予算を削ってまで原発を守ったのは、それが単なるインフラ事業ではなく、国家のエネルギー自立と経済発展を担保する唯一の「命綱」だからです。ロシアへの依存や債務リスクという代償を払ってでも、安定した電力を手に入れることが、国の生存に不可欠だと判断したのです。
2026年、Rooppur原発の稼働は、バングラデシュにとって新たな時代の幕開けとなるでしょう。しかしそれは同時に、複雑化する国際情勢の中で、大国との距離感を慎重に測りながら、巨額の債務と向き合い続けるという、長く険しい道のりの始まりでもあります。この「聖域」が国民に繁栄をもたらすか、重荷となるか。その答えが出るのは、まだ少し先のことになりそうです。