この記事の要約
- 軍事政権が主導する総選挙の第2段階が実施、AIによる監視強化が鮮明に。
- 主要都市では生体認証導入、民主派排除の中でボイコットの動きも。
- 欧米は「茶番」と批判する一方、軍政は民政移管への既定路線を崩さず。
2026年1月11日、ミャンマーで実施された総選挙の「第2フェーズ」は、私たちが知る選挙とは全く異なる光景を見せつけました。投票所に設置されたのは、有権者の笑顔を迎える選挙管理委員ではなく、AI搭載の監視カメラと生体認証システムでした。
「一票を投じる」という行為が、市民の権利を行使することではなく、権力への服従を証明する儀式に変貌しているとしたら? テクノロジーと権威主義が結びついたとき、民主主義の根幹である選挙システムがどのようにハックされるのか。その実態を紐解いていきます。
AIが見張る「沈黙の投票所」

やあ、ニュースを見たかい? ミャンマーの選挙、ただ事じゃない雰囲気だよ。
はい、見ました。投票所にAIカメラがあるって本当ですか? 何のために…?
驚くよね。名目は「不正防止」だけど、実際は「誰が投票に来たか」を記録するためさ。
えっ、じゃあ逆に行かなかったらバレちゃうってことですか?
その通り。ボイコットする人を特定できるんだ。それが市民にどういう心理的影響を与えると思う?
怖くて行かざるを得ないですよね…。それって、自由な選挙とは言えない気がします。
今回の選挙で確認された事実は、以下の通りです。
- 実施日と対象:2026年1月11日、ヤンゴンやマンダレーなど主要都市部を中心に実施。
- 監視テクノロジー:投票所に顔認証機能付きAIカメラと指紋照合システムを配備。
- 排除された勢力:アウンサンスーチー氏率いるNLD(国民民主連盟)は解党処分済みで参加不可。
- 国際社会の反応:米国やEUは「包摂性を欠く茶番」として結果を認めない声明を発表。
- 軍政の主張:ロードマップに基づいた「規律ある民主主義」への移行ステップと強調。
ニュースを読み解く5つのキーワード

| 用語 | 解説 |
|---|---|
| SAC(国家行政評議会) | ミャンマー軍事政権の最高意思決定機関。 総司令官がトップを務める。 |
| NUG(国民統一政府) | 民主派や少数民族が樹立した対抗政府。 軍政をテロ組織と認定している。 |
| バイオメトリクス | 生体認証のこと。 顔や指紋などの身体的特徴で本人確認を行う技術。 |
| デジタル権威主義 | IT技術を用いて国民を監視・統制する政治体制。 中国などで見られる手法。 |
| スマートシティ計画 | 都市のIT化計画。 ミャンマーでは監視カメラ網の整備名目として使われる。 |
Ads by Google
クーデターから5年、なぜ今「選挙」なのか

そもそも、軍が力で国を支配しているんですよね? なぜわざわざ選挙をする必要があるんですか?
いい質問だね。それは「正統性(レジティマシー)」が欲しいからなんだよ。
正統性、ですか? でも欧米からは認められていないですよね。
欧米以外の国、例えば中国や一部のASEAN諸国に対して「我々は正規の政府だ」と主張する材料になるんだ。
なるほど。だから形だけでも「民政移管」の手続きを踏んでいるんですね。
そう。それに今回「第2フェーズ」として段階的にやっているのも、治安が悪すぎて一斉にはできない裏返しなんだ。
2021年2月のクーデターから5年、ミャンマー軍政(SAC)は常に「非常事態宣言」を延長し続けてきました。しかし、軍政支配を恒久化するためには、軍服を脱いで「背広組」の政府へと衣替えするプロセスが必要です。
本来であれば2023年に予定されていた総選挙は、抵抗勢力(PDF)との内戦激化により延期を繰り返してきました。そこで軍政が編み出したのが、全国一斉ではなく、支配が及んでいる地域から順に行う「段階的選挙」という苦肉の策です。
今回の「第2フェーズ」は、軍の統制が比較的効いている大都市部での実施ですが、これは同時に、都市市民のボイコット運動をいかに封じ込めるかという、軍政にとっての正念場でもあったのです。
投票行動を丸裸にする「デジタルの網」

今回の最大のポイントは、テクノロジーが「恐怖の増幅装置」として使われている点だね。
さっきの顔認証の話ですよね。でも、普通に考えたらセキュリティ強化は良いことじゃないんですか?
民主主義国家ならね。でも、敵対者を逮捕している国で「誰が投票しなかったか」がデータ化されるとしたら?
あ…。「投票に行かない=反政府」ってマークされちゃうんですね。
その通り。AIとデータベースが紐づくことで、無言の圧力がかつてないほど強まっているんだよ。
この選挙で導入されたシステムは、単なる本人確認を超えた意味を持っています。
- 不可視の威圧:投票所入り口のカメラは、NUG(国民統一政府)が呼びかける「選挙ボイコット」に参加した市民を炙り出すツールとして機能します。
- データの統合:軍政が進めてきた国民IDの電子化(e-ID)と今回の投票データが統合されれば、個人の政治的忠誠度がスコアリングされる恐れがあります。
- 技術の供給元:これらの監視インフラには、中国製やロシア製の技術が転用されていると指摘されており、デジタル権威主義の輸出モデルという側面も持っています。
つまり、この選挙は「民意を問う」場ではなく、テクノロジーを用いて「国民を選別・管理する」ための巨大な実証実験となっているのです。
分断される世界:誰のための秩序か

話を聞けば聞くほど、ひどい話に思えます。こんなの誰も納得しないんじゃないですか?
私たちの感覚ではそうなるね。でも、視点を変えてみると、違う景色が見えるかもしれないよ。
違う景色? 軍政にも正義があるってことですか?
「正義」というより「論理」だね。例えば、混乱より安定を望むビジネスマンならどう思うかな?
うーん…、内戦が続くよりは、軍政でも安定してくれた方が商売はできる、とか?
そういう考え方もある。物事は一面だけじゃ語れないんだ。
この選挙を巡っては、立場によって全く異なる解釈が存在します。
- 軍政・保守層の視点(秩序と安定)
彼らにとって、NLDなどの民主派は「国を分断するテロリスト」です。軍が主導する「規律ある民主主義」こそが、多民族国家ミャンマーの分裂を防ぎ、国家の主権を守る唯一の道だと考えています。AI監視も、テロ対策としての「治安維持」ツールとして正当化されます。 - 民主派・欧米諸国の視点(自由と人権)
この選挙は、競合する政党を排除し、市民を脅して行われる完全な「茶番(Sham Election)」です。結果は民意を反映しておらず、軍政の支配を延命させるだけの違法行為であると断じます。人権侵害を助長するテクノロジー利用も強く非難されます。 - 中国・近隣諸国の視点(地政学と利益)
ASEANの一部や中国にとっては、誰が政権を握るかよりも「地域が安定すること」が最優先です。特に中国は、インド洋への出口となる経済回廊(CMEC)の権益を守るため、実効支配する軍政との関係を維持し、選挙を「内政問題」として静観する構えです。
2026年、ミャンマーはどこへ向かうのか

さて、選挙は強行された。これからどうなると思う?
軍政が勝ったことにして、そのまま居座る…でしょうか。
短期的にはそうだね。でも、第3フェーズ、つまり地方農村部での選挙はもっと難しい。
どうしてですか?
そこは抵抗勢力の支配地域が多いからさ。無理にやれば、投票所が戦場になりかねない。
今後のミャンマー情勢は、さらに複雑な局面に突入すると予想されます。
- 紛争の激化:軍政は選挙実績を盾に、抵抗勢力への掃討作戦を正当化し、空爆などの軍事行動を強化する可能性があります。対するPDF側も、軍の統治機構への攻撃を強めるでしょう。
- 「サイバー監視国家」の完成:今回の選挙で実証されたAI監視システムは、平時の治安維持にも拡大適用され、都市部における市民生活の息苦しさは増していきます。
- 国際社会の二極化:欧米が制裁を強化する一方で、中国やロシア、一部のアジア諸国が既成事実として軍政との経済協力を進めることで、ミャンマーのブロック経済化が進むリスクがあります。
テクノロジーと権力の危うい交差点

2026年のミャンマー総選挙「第2フェーズ」が私たちに突きつけたのは、民主主義の象徴であるはずの「選挙」が、テクノロジーによって統制のツールへと書き換え可能であるという冷徹な事実です。
AIや生体認証は、社会を便利にする一方で、権力者が使えば市民の自由を奪う強力な武器にもなり得ます。ミャンマーで起きていることは、遠い国の出来事ではなく、デジタル社会における「自由と監視」の境界線がどこにあるのかを、私たち自身に問いかけているのです。