この記事の要約
- 記録的な暖冬でアルプスの天然雪が不足、ミラノ五輪は人工雪に依存
- 造雪による水資源の枯渇と電力消費に対し、環境団体が激しい抗議を展開
- 「持続可能性」を掲げる五輪が、自然をテクノロジーで強制する矛盾が露呈
2026年2月、イタリアで開催されるミラノ・コルティナ・ダンペッツォ冬季五輪。開幕を目前に控え、現地では「雪不足」という深刻な現実に直面しています。組織委員会が下した決断は、競技コースのほぼ全てを人工雪で覆うこと。しかし、その代償として膨大な水と電力が消費され、アルプスの生態系が脅かされているのです。華やかな祭典の裏で進行する、テクノロジーによる「冬の強制」の実態に迫ります。
開幕直前、白いコースの裏側で

えっ、冬のオリンピックなのに雪がないんですか?
そうなんだ。記録的な暖冬で、天然雪がほとんどないんだよ。
じゃあ、どうやってスキー競技をするんですか?
「100%人工雪」さ。すべて機械で作った雪を使う計画だね。
全部ですか!? それってすごく大変そう……。
その通り。水も電気も桁外れにかかるから、大問題になっているんだ。
地元の人たちは怒っていないんですか?
怒ってるよ。「水返せ!」ってデモが起きているくらいさ。
- ほぼ100%の依存率:組織委は競技会場の雪の90%以上を人工造雪機で賄う方針を決定。一部報道では「実質100%」とも伝えられています。
- 記録的な高温:アルプス山脈周辺では1月の平均気温が平年より3度以上高く、降雪量が過去最低レベルを記録しています。
- 枯渇する貯水池:造雪のために近隣の湖や河川から大量取水が行われ、農業用水や生活用水への影響が懸念されています。
- 激化する抗議デモ:環境保護団体「The Outdoor Community」などが中心となり、会場周辺で「White Winter, Green Lies(白い冬、緑の嘘)」というプラカードを掲げて抗議しています。
ニュースを読み解く重要キーワード

| 用語 | 詳細解説 |
|---|---|
| スノー・ガン | 圧縮空気と水で人工雪を作る装置。 低温下で水を噴霧して凍らせる。 |
| 貯水池(バッシーノ) | 造雪用の水を貯める人工の池。 建設自体が環境破壊と批判される。 |
| ウォーター・フットプリント | 製品やサービスの生産に必要な水の総量。 環境負荷の指標になる。 |
| グリーンウォッシュ | 実態がないのに環境配慮を装うこと。 「見せかけのエコ」とも呼ぶ。 |
| アイス・インジェクション | コースに水を注入し凍らせる技術。 競技用に硬い雪面を作る手法。 |
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アルプスから天然雪が消えた日

実は、雪不足は今に始まったことじゃないんだ。
そうなんですか? 前の大会はどうだったんでしょう。
2022年の北京大会も、ほぼ100%人工雪だったんだよ。
えっ、北京も!? 最近はずっとそうなんですね。
温暖化の影響だね。開催可能な都市自体が減っているんだ。
でも、アルプスなら雪があるイメージでした。
そこが衝撃なんだ。「雪の聖地」ですら降らない時代に入ったんだよ。
自然相手だと、予定通りにいかないですね……。
だからテクノロジーで無理やり環境を制御しようとしてきた経緯があるんだ。
かつて冬季五輪は「雪のある場所」で開催されるものでした。しかし、気候変動(Climate Change)の加速により、過去50年間でアルプスの積雪期間は約1ヶ月短縮したと言われています。2014年のソチ(ロシア)、2018年の平昌(韓国)、そして2022年の北京(中国)と、近年の大会はいずれも人工雪への依存度を高めてきました。
特に北京大会では、乾燥地域での開催を可能にするために約1億8500万リットルもの水が消費されたと推計されています。今回のミラノ・コルティナ大会は、既存のスキーリゾート地での開催であるため「自然回帰」が期待されていました。しかし現実は厳しく、「アルプスでさえ人工雪なしでは成立しない」という事実が、冬季スポーツ界に重い突きつけられています。
水と電力を食いつぶす「白い悪夢」

人工雪を作るのって、そんなに水を使うんですか?
想像以上だよ。オリンピックプール数千杯分の水が必要になる。
うわぁ……。しかも電気代もかかりますよね。
そう。水をポンプで汲み上げ、冷やして噴射するからね。
今のヨーロッパって、エネルギー価格が高騰してませんでしたっけ?
鋭いね! 電気代の高騰は市民生活を直撃している最中だ。
それなのに五輪で大量消費……。それは怒りますよ。
さらに化学薬品の問題もある。雪を溶けにくくするためにね。
今回の人工雪製造計画における最大の問題は、そのリソース消費の規模です。試算によると、大会期間中の造雪に必要な水量は、人口数十万人の都市の1ヶ月分の生活用水に匹敵すると言われています。イタリア北部は昨年夏から深刻な干ばつ傾向にあり、農業用水の制限が行われている地域もあります。
また、エネルギー消費も深刻です。数百台のスノー・ガンを24時間稼働させるための電力は、化石燃料由来のエネルギーに依存せざるを得ない状況も一部で指摘されています。雪を固めるために使用される硬化剤などの化学物質が、雪解け水とともに土壌に浸透し、アルプスの植生を破壊するリスクも専門家から警告されています。「白い雪」を作るために、皮肉にも「緑の自然」が犠牲になっているのです。
アスリートと環境、相容れない正義

でもね、人工雪を歓迎する人たちもいるんだよ。
えっ、誰ですか? 環境に悪いのに。
アスリートさ。彼らにとっては、人工雪の方がいい場合もある。
どういうことですか? 天然の方が気持ちよさそうなのに。
人工雪は硬くて均質なんだ。コンディションが一定になる。
あ、なるほど。公平性ってことですね。
そう。天然雪は柔らかすぎたり、場所によって質が違ったりするからね。
競技の質をとるか、環境をとるか……難しいですね。
さらに経済の視点もある。雪がないとスキー場は潰れてしまう。
物事は一つの視点だけでは語れません。ここでは、立場の異なる3つの視点からこの問題を捉えてみましょう。
- アスリート・競技運営の視点(技術・公平性)
近年の高速化したアルペン競技などでは、カチカチに凍った硬いバーンが求められます。天然雪は水分量や結晶構造が不安定で、競技中にコースが荒れやすい欠点があります。「アイス・インジェクション」で固められた人工雪コースは、最初のアスリートから最後まで公平な条件を提供し、怪我のリスクを管理しやすいという側面があります。 - 環境保護・地元住民の視点(持続可能性・生活)
彼らにとって、五輪は「2週間のパレード」のために地域の水資源を収奪するイベントに映ります。人工雪で作られた貯水池は景観を損ね、生態系を分断します。気候変動で苦しむ地域において、エネルギーを浪費してまで「冬」を演出することへの倫理的な反発は非常に強いものです。 - 観光産業・経済の視点(生存戦略)
暖冬は五輪だけでなく、地域の観光産業にとっても死活問題です。人工造雪技術への投資は、五輪後もスキーリゾートとして生き残るためのインフラ投資という側面も持ちます。五輪を機に最新の省エネ型造雪機を導入できれば、長期的には地域の経済維持につながるという主張もあります。
冬季五輪というシステムは持続可能か

このままだと、将来オリンピックができなくなりませんか?
その可能性は高いね。開催できる都市がなくなると言われている。
じゃあ、もう屋内でやるしかないんでしょうか。
巨大な冷蔵庫の中でね。でも、それはもう「自然との戦い」じゃない。
確かに……。開催時期をずらすのはどうですか?
それも案にあるよ。でも、放送権の関係で2月は動かしにくいんだ。
うーん、分散開催とか? 雪のある国だけで分担するとか。
それが現実的な解だろうね。「1都市開催」の限界が来ているんだ。
今後の展望として、IOC(国際オリンピック委員会)も危機感を抱いています。研究によると、今世紀末までに過去の冬季五輪開催地の大部分で開催が不可能になると予測されています。これに対し、以下の3つのシナリオが議論されています。
- 開催地のローテーション化:確実に雪が確保できる数カ所の都市(ソルトレイクシティ、札幌など)を選定し、持ち回りで開催する「プール制」。
- 分散開催の常態化:1つの都市ですべてを行うのではなく、競技ごとに最適な気候や施設を持つ国・地域に分散させる。ミラノ・コルティナ大会自体も2都市での開催ですが、今後は国境を越えた広域開催が主流になる可能性があります。
- イベントの縮小・屋内化:雪上競技を減らし、スケートなどの氷上競技(屋内)中心にシフトするか、あるいは完全に人工環境内での実施に移行するか。しかし、これは「自然の中での挑戦」という冬季五輪のアイデンティティを失うリスクを孕んでいます。
溶けゆく雪が問いかける未来

ミラノ・コルティナ五輪の「100%人工雪」問題は、単なるスポーツイベントの運営課題ではありません。それは、私たちが気候変動という現実に対し、テクノロジーで抗おうとする姿そのものです。自然に合わせて生きるのか、それとも莫大なエネルギーを使って自然をねじ伏せるのか。
「持続可能な五輪」というスローガンが、空虚な「グリーンウォッシュ」に終わるのか、それとも新しい開催モデルへの転換点となるのか。真っ白に舗装された人工のコースは、私たちの社会が抱える矛盾と選択を、冷ややかに映し出しています。